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ブルーベリーマフィン

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あれ、マフィンのことを書こうと思ったのに、写真がこれしかない。別のカメラでとって、別のフォルダに入っていると思うんだけど、ま、いいや。以下、ひとりごとに変更。
IMG_9178.jpg




昨日のひとりごとを書いた後、なんか、ものすごい発見をしたように思ったんだけど…

いざ書こうとすると、はてなんだったのか。

ひとつ思い出した。

一般論ではなくて、私の場合のみと但し書き付きで…

人から、「あなたはこうなのね」と言われた場合、ほとんどの場合、「あなたはやっぱりこれができないのね」と言われると、ほぼ100%、「そう、そうなのよ。やっとわかってくれたのね。前から言っていたじゃない」と大喜びする私。

逆に、「これしたらどう」とか「これができるのね」「これ、すばらしいわ」とか言われると
「違うのよ、ダメなの、こうこうこういう理由でね、ほら、違うでしょ!」と全身全力で否定する私

幸せになりたかったらこうすればいいんですよ。

といわれれば

はい、わかります。でも、だめなんです。なぜかというと...

と、ありったけの理由をあげてできないことをあげつらう。

あるいは、あるいは、私の奥底にある(これは、人という巨大な集合体を曼荼羅とか陰陽の球体にたとえればはっきりすると思うけれど、過去形ではなく現在進行形)、この悪魔的な何かが、「悪なるものを求めているからかな」

いや、ちょっと違いそう。

それよりも、全体としての私が、「悪」的なもの、「悲しみ」「不幸」「自己憐憫」にひたりきりたいという願望、あるいは、これを理解したいという課題を持っていたというほうが正確と思う。

現時点で(つまり、今後変わる可能性大)私に見える、人の魂の課題は、よいもわるいも含めて、すべてを受け入れること。すべてを受け入れた上で、あえて「幸せである」と言い切って、そのように生きていくこと。

おそらく、もう一段階上に行ってしまえば、幸、不幸すらない、「無」、無限の可能性を秘めた、無限のものを作り出すことのできる、でも、事象としては、「無」の世界に入ってしまうのだろうけれど、これはキリスト教的な神や天国。天地創造を超えたそれ以前、お釈迦様がかいま見せようとした、とんでもない遠くの世界であって、私の理解の領域を超えている。

閑話休題。
すべてを受け入れたときに、「不幸」を選ぶことはできる。「無関心」を選んで、この世に地獄絵を作り出すこともできる。過去の歴史が、人間はそのような本性も内在していることを示しているけれど、これは、悪魔信仰とか黒魔術信仰…それに走る人を否定はしないけれど、私個人は、今の段階では、「幸せ」の側を選んで生きていく人間でありたいと思う。

私の究極の選択。

私、「幸せ」です。

自分自身で、「私は不幸であるべきである」とものごころついていらい定義してきた。

屁理屈だけれど、「私は不幸である」と「私は不幸であるべきである」は違う。

本当に皮肉な話なんだけれど、物心ついていらい、客観的には、私は、いろいろな人からの愛のシャワーをそそがれて、かなり「幸せ」な生活を送っている。

ほんとうに、私の「思い」が物質界の現象を作り出している。

「物質界で起こっている現象は、すべて精神世界で決められている」…これは、そんなスピ的な話の「ス」の字もしたことのなかった、若干2名の人が、立て続けてメールで私に伝えてきたこと。
実に不思議なタイミングだった。

追記の追記
これを書いた後で思った。
自己とか自我とかEgoとか言うものは、すべては言葉の産物ではないかと。
昔読んだ、カルロス・カスタネダの本で、ドンファンが、カルロスに、口を酸っぱくして、Stop the internal dialogue と言っている。心の中のぶつぶつをやめろと。これは、禅的には、「今、この瞬間」のみに精神を集中させて日々の行いをせよとというのに近いと理解している。
そして、心のつぶやきが完全に止まると、恐怖心が消える。↑で書いたことは、正確には、意識している心のつぶやきと無意識で勝手に頭がやっている心のつぶやきにわけるべきで、害が大きいのは無意識のつぶやきのほう。

現実がつらい時に、私が「片言しか話せない」外国語の勉強に走る理由は、思考を外国語に変更してしまうと、心のつぶやきが消えるから。
今の私には、思考を日本語から英語に変更するだけでは心のつぶやきが消えないとはずっと前にどっかのブログで書いた。

つまり、よくわからないのだけれど、この「言葉」を土台とした「頭」が作り出す「自我」とか「エゴ」とか呼ぶものが、人が話す「言葉」を介在して、どんどん肥大化してお化けと化してしまう。

このエゴが作り出す妄想を現実の世界と区別することができれば、いろいろなことが、ものすごく簡単になる。

問題があれば、だたそれを直視して、前に進む方法を考えるだけなのだから。

よ~し、決めた。明日からひとりごとはすべてフランス語ね...って、そりゃあ無理だ。ボキャブラリーが少なすぎる。
自然に本開かずに何がいえるかな。

Je ne sais pas!
Il ne faut pas avoir peur !
Allez !

言葉が出てこないってことは、言い訳ができないから、前に進むしかないってわけか。
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