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ひとりごと Musing

ひとりごとのつづき

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私以外のすべてのものが、この私を形作っている…

ってことは…

私の脳が作り出している、この「うつしよ」の世界から、「わたし」を取り除けば、「真の私」は、この世の中のすべてのもの、すべての人達と同化する…

か・が・み  から我(が)をとりのぞくと か・み となる

え、え、なんか宗教学じゃなくって論理学で証明できちゃう気がするのは私だけでしょうか???



ずっと前からもんもんとしていた
「私がちゃんと仕事をすると、他の人が不幸になる」という図式。
少し前に、「解決しました」あるいは「解決の糸口が見えてきました」的なことを書いた気がする。

なんでかわからないけれど、「解決」した気がしたから。
そして、小さな事柄の一つ一つがすぐさま好転しはじめたから。

私が、私のサービスを提供する相手(つまり、サービスの受け手側)のことを思いやって、仕事の技術的なことに加えて、小さな気配りを加えてちゃんと仕事をすると、好結果を生むことが多い。
技術的な未熟さは、この際おいておくとしてね。

結果、「どうもありがとう」って夕食をおごってもらっちゃったりすることまである。
(ちなみに、この食事をおごってくれた人は、私が、私にとってはもっと価値のあるご褒美を別の方からひそかにもらっていることは知らない)
ただ、こういったことが、逆に別の人の嫉妬の感情を刺激することがある。

まず、嫉妬の感情は私とは無縁のこと。相手の問題…無縁とはいいつつ、本格的に嫉妬させちゃうと仕事に差しさわりが出るから気をつけるけれど、とにかく、私には、嫉妬をする側の感情をコントロールする力はないとまず理解すること。



あるいは
AND

私がいい仕事をした場合、その仕事がまわってこなかったり、同じようなレベルの仕事ができると自分に嘘をつきつつ虚勢を張っているような人が(同じようなご褒美や称賛の言葉をもらえず、逆に、「あの人(サービスの受け手)、僕の前では機嫌が悪くてよく文句を言うんだ」みたいなことになると(私がそれを知らずにうっかり、「え、あの人、いつもご機嫌で素敵な紳士なの!」とか言っちゃうと、そちらほうめんからネガティブな感情や反応が返ってくることは当たり前、当然のことだと受け入れること。こういうことを空気が読めずにうっかり言ってしまうおバカが私だしね。だから、それも受け止めること。

そう、人の目を気にしていては、仕事はできない。
「他の人をさしおいて自分が受かるのは嫌だから選抜試験は受けない」と受験勉強その他、ずっと拒否してきたけれど、いいかげんにやめようよ。やりたいことをやろう。

そんな風に思えるようになってきた。

人は人、私は私。
私は、どうせやるならいい仕事がしたいから、自分の仕事をするだけ。
割になんでも好きになるから、ちゃんとやらせてくれるならなんでもよい。だって、何やらされてもできるもの。あ、営業職は無理だけど。「ぼく、君の仕事がほしい」ってかっさらいたかったら持って行きな。あげるよ。私は、ほかのことやるから。(もっとも、あんた、私が冷や汗かきながらやった某月曜日の仕事なんて、絶対にやりたくないと思うよ)

私、事務仕事も好きだし、お金の計算も好きだし、コンピュータも好きだし、語学も好きだし、仕事くれれば、「」はい、わかりました
って言って、ちゃちゃっと仕上げるもの。なんでもいいよ。選ばない。

私が自分の仕事をすることで、私が私自身をずっと責め続ける必要はどこにもない。

んで、私が仕事ができるかって???

とんでもない。世の中、上を見ればきりがないし、下を向いてもきりがない。

先週の話。
月曜日、ものすごい頭の良い人達にかこまれて仕事をして、ドツボにはまった。
火曜日、普通の仕事をしたら、相手方がものすごいおバカで、「あきれてものがいえないっていうのはこのことだ!」と口をあんぐりさせた。私よりもおバカな人がいたんだと。
水曜日、また、別件で頭の良い人達に囲まれて、自分の頭の回転の遅さと理解力のなさを痛感した。

おい、なにかが変だよ。
で、別の解釈もできるし、そちらのほうが本来のことだけど、

でも、火曜日の私の反応が間違っているよね。相手がおバカ(というか正確には不慣れ)なことに気が付かずに、もっとわかりやすい資料とかビデオを添えなかった私の責任だよね。

そっか、所詮、おバカは私か。

いや、がんばっている自分を認めてあげようね。

そしたら、他の人ががんばっている姿も認めてあげられるようになるから。
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