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1月のオレゴン出張・ひとりごと

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よく考えたら、オレゴン出張の写真、ほとんどアップしていませんでした。
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正確には12月末からなので、去年の写真も入っていますが(汗)
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空港の写真と
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ベッドルームの写真をさくっと。

私がプチ断捨離をするきっかけになった小さなキッチンの写真もどっかにあったはずなのですが…

以下、ひとりごと…

「あっ」と思い付いたことの覚書き。
いつも書いているけれど、私は、生まれついてのわがまま勝手の天邪鬼。

なぜ、そうなるかというと、物心ついた時から、「自分で考える」のはいいんだが、社会の常識とか人の行動とか、そのあたりを理解して取り込む力が(ゼロではないんだが)かなり弱い。

世間の常識とか人の心とかいうのは、「言葉」で教えてもらうとわかるのだけれど、なにもないところに、あうんの呼吸で、なにも教えられないうちから「人の態度、しぐさ、表情」を見て学べ」というのは至難の業である。

これが、人から、「こうでしょ」と教えてもらったり、本を読んだり、YouTubeビデオを見たりするとすぅっと入ってくるから、理解する能力がないわけではないんだと思う。

英語の発音についても同じことが言える。
中学生の頃からずっと、私の英語の発音は、一応、カタカナ発音ではないから、学校外の人からは、(アメリカ人からも含めて)「発音がお上手ですね」と言われていた。

ただ、専門の先生方に言わせると、何かが違うらしい。なので、ラボの時間にクラスメートのきれいな発音を聞かされて(ま、この対象は私だけではないけれど)「ほら、彼女の発音は上手でしょう。こういうふうにするのですよ。やってごらんなさい」と言われた。

確かに、耳で聞いて、私の発音と違っていることはわかる。でも、どうしたら同じ発音になるのかわからない。

その後、ある程度、構音について、具体的に説明のできる先生方にいろいろと教わったから、個別の「スペルにある単語の音」のレベルでは発音ができた。

全体のイントネーションやリズムは、中学校以来ずっと教わっているし、なにしろ、英語はそうやって学んだから、なんとか見についている。

でも、何かが違う!みんなそういう。でも、誰も、どうしたら直るのか教えてくれない!!!

そんな中で、とある先生が紹介してくださった英語の発音の教本(当時、カセットテープつき)で、これは、いわゆる、英語音声学の教本とはまるで違って、喉の図と舌の動きが図解してあって、その中を空気がどのように流れていくのかを、ビジュアル(視覚的に)説明してくれていた。

あ、わかった!

英語を発音する時に、私の口の中をスムーズに空気が流れて、この、空気の流れを調節して音を作るということがわかったのは、あの時からである。

同じことは、日本語の教材でも、「複式呼吸をしなさい」とか、「口の筋肉を鍛えなさい」とか「お腹から声を出しなさい」とか、一つ一つの音のレベルで、英語はこうやって発音するのですよ…とか、いろいろあるけれど、

私が中学校時代から悩んでいた発音の問題、だあれも、具体的な直し方を教えてくれなかった!

長ったらしく何がいいたかったかっていうと、普通(私の中学校時代のクラスメートの大多数)の例を考えてみれば、こういったものは、ある程度耳が鍛えられていれば、自然に、自分でできるようになるものらしい。

私には、その力がないから、図解、例示、言葉による説明、(アクセントの場合は、上に上がるとか下にさがるとかの矢印マーク入り)といったものがあると、とても役に立つ。

スピの理解や人の気持ちの理解についても同じ。おそらく、この「なにか」の欠如が、極端に低い催眠感受性のスコアとして示されているんじゃないかと思う。

一応、大学や大学院を「優秀な???」成績で卒業している私に「障害」という言葉はあてはまらないが、音を聞いて理解するスピードにくらべると、文字を読んで理解するスピードが極端に遅くなる、ある意味、「識字障害」的な欠点(←これがあるから、中学校・高校の成績はほぼ0点とほぼ満点を繰り返していた)、このなんらかの視覚と脳を結びつける回路の弱さも、私が、教えらえることなしに、人の感情の読み方を理解できなかった一因じゃないかと思うんだが…

あれ、本題からそれた前置きが極端に長くなった。

ま、天邪鬼であるから、すべてのことに、「ふざけんじゃねえ!そんなこと、できるわけないだろうが」という思いがある。

ありがたいお釈迦様の教えだろうが、心から信じている神様の聖書の言葉にしても、ぜんぶ同じ。

そりゃあ、聖書に書いてあることは全部、すばらしいよ。スピの人がいってることも全部すごいし、頭では納得できるよ。

でも、そんなの、無理だよ。

私は、凡人だよ。煩悩が強すぎるよ。

清貧? 持っているものを全部売り払って貧しい人に施せってか?

やだよ、私、やっぱ、お金持ってる、贅沢な暮らし好きだもの。

もし、経済的にそれが可能なら、それが、環境に悪影響を与えようが与えまいが、飛行機はいつもファーストクラスとかって、いいなって思う。なぜか、人にかしずかれたいっていう願望はないんだけれど、素敵な、居心地の良い場所と、おいしい食べ物、素敵な着心地の良い服、(敏感肌だから、身につけるより眺めているほうが好きなんだけど)、美しいジュエリーとかにも憧れる。

で、今世は、生まれたときから余裕があるから、↑のものを手にいれるために人を殺したいとか思ったことはないけれど、たとえば、食べ物ですら奪い合わなければいけないような時代だったら、やっていたかもしれない。

で、ここに来て、「あっ」と思った。そうか、人は、すべてを体験したいんだな。あるいは、一つ先に進むためには、(人の経験から学べない限り)何度も生まれ変わって、体験しないと次の段階にすすめないんだな。

ということは、人と人がいがみあい、殺しあっていた長ーい長-い人類の歴史。。。

あれは、私の「ふざけんじゃない、できるわけないだろう、おいら人間だ!」という思いの数々を、もうすでに体験して、やってのけてくれている、人類の必要悪。

中世とかそれ以前の、殺し合いの世界、人による他者の搾取…

すくなくとも、「過去の歴史。経験」という意味では、すべては必要悪だったんだな、と。

ただ、私たちの前には、「歴史」という形で、あるいは、さまざまな宗教の経典という形で、過去からの智慧はすべて蓄積されて置いてある。

これを紐解くことが、教養を身につけ、人の心がわかるようになるということなのかと

追記:
いま、タイポを直そうとして、読み返していて思った。
違う、「視覚と脳を結びつける回路の弱さ」と書いたけれど、私の弱点は、ヴィジュアライゼーションの力が極端に弱いこと。
脳がすべて幻覚だとすると、私は、この幻覚を視覚的に膨らませる力が弱い。

逆に、(少なくとも、耳から理解して覚えて入った内容については)普通の人よりも、エピソード記憶の力が強いらしい。
だから、(私の脳で認識したと信じ込んでいる、だから、事実だと信じ込んでいる)事実を、事実として、そのまま、長期間記憶している。

これ、気をつけないと社会生活で人との間にかなりの軋轢が生じるということは、子供の頃学んだ。ついうっかり、「あ、おばちゃん、それ、この間も聞いた。〇〇が〇して、○○して、〇〇になるんだよね」なってうっかり言ってしまうと、相手によっては火がついたみたいに怒り出す。子供としてはまるで理解できない…

ま、これが、不満だらけの天邪鬼を作り出したんだけどさ。

余談だけど、次いでに書いておくと、エピソード記憶と耳から聞いたことに関する記憶は強いから、この部分が試験に出れば、勉強はまるでしなくてもテストはほぼ満点、逆に、勉強はしないし、文字で書かれたものは読むのも覚えるのも苦手だから、こっちがでてきたりすると、点数はかなり落ちる。これに、空間把握能力ほぼゼロが加わって、そっちの方面が入ってくると、テスト結果は限りなくゼロに近くなる。

親が、行く末を心配してエスカレーター校に放り込んでくれたから、とりあえず、生き延びてるけれどね。

あるいは、ミラーニューロンがうまくはたらいてないのかな?
でも、ミラーニューロンって、結局は、想像力っていうか、妄想力と根っこは一緒っていうこと。あ、脳で認識しているものがすべて幻覚であるっていう仮説の上でだけどね。
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