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日本滞在記

毛越寺

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カリフォルニアの地震につきまして、お心遣いいただきましてありがとうございます。
地震はロス近郊の南カリフォルニアですので、北カリフォルニアには影響が出ていません。
被災地の方の被害が大きくならないことを心より祈っております。

写真は日本ででかけた毛越寺。この他にもいろいろあって、その前に金色堂にも行っているのですが、写真整理してないので、最後の部分だけ。
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帰りの平泉の駅。反対側に団体専用列車が入ってきたとこ。
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私たちが乗ったのはこちらの普通電車
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こちらは貨物列車。
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一関から乗った新幹線。
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追記:
以下、ひとりごとです。適当にスルーしてください。

最近、ブログでのひとりごとが減った気がする。
なんか、あんまり書く必要性に迫られなかったから。って、これ、基本的に私の日記なので…

あいかわらず、いろいろな思いが頭(心?)の中を交錯しているのだけれど…
基本的に、私の命題というかやりたいことは、「知ること」「わかること」。3歳で物心ついてからずっとかわらない。だから、悟りについても、いろいろしらべまくった。高校とか大学生の頃からなか。当時は「悟り」でななく「宗教」についてだけど。 で、ここ数年、かなりいろいろなことがわかったつもりになっていて、そこに、脳科学的な裏付けもある程度ある。なんのことはない。ずっと以前からの私の、特論、「すべての超自然現象は、すべて、科学的に+心理学と脳科学で説明できるはず」というのが、どんどん現実に発表されているにすぎない。

「悟り」については、ここ10年くらい、ずっと、ある思いがある。曰く、「悟ってしまったら、人生はかなり味気ない、つまらないものになっちゃうよな」ということ。

で、数年、いろいろな嵐のような思いが心と頭を通り過ぎた後(あるいは、きっと今も日々通り過ぎているんだと思うけど)思うけど。

「悟り」なんて、まるで意味がない。ものっすごい無意味である。
悟る前と悟ったあとで、人の生活は変わるか?なにもかわらない。
ヘンゼルとグレーテルの幸福の青い鳥の話が本当ならば、悟った後は、その幸せを噛みしめて生きていけばいいじゃないかって?
否、俗世にまみれていきていたら、幸福の青い鳥もすぐに色あせてしまう。

俗に言う、「悟り」をSakulanbo的に(いろいろなえら~い方々の言葉を借りまくって)書くならば、その青い鳥を見つめている心の状態を保ったまま、日常の日々を、ただひたすら生きていく、つまり、悟りの後の生活を実践していくことにすぎない。

そして、これは、悟った人にも、悟らない人にも、同じように行うことができる。
だから、究極、悟りそのものは無意味。

だけど、これが無意味だと自分自身を納得させるために、ある人は、厳しい修行をし、ある人は、毎日座禅や瞑想をし、ある人は自分の研究に没頭し、ある人は、ひたすら宗教学を勉強し、ある人はひたすら信仰に救いを求め。。。
ある人は抗精神薬や似たような薬物の力を借りて幻覚を体験し...

すべてに意味がないと気が付いて、悟りの極意(のたぶん一部)に触れて、また、日々の生活に戻っていく。
まさに、十牛図の世界。

だから、大切なことは、日々の生活を、心を込めていきていくこと。利他の精神を忘れずに。でも、その前に、一番大切な、自分自身を大事に認めてあげた上で。

そんな思いがずっとあった中で、最近、養老孟司先生のYouTubeを離れて、大愚和尚さんの一問一答をずっと聞いていたのだけれど、今朝、ふと、「生物と無生物の違い」に思い当たった。そういえば、大学生か高校生の頃、生物の時間に習った気がする。
きっかけは、大愚和尚の、「入ってくる快楽」と「出す快楽」
あとは、養老孟司先生の、「『あの田んぼは将来のお前だぞ』と学生に行ったってそんなこと理解しやしない」という話。

歯磨きをしていて思った。このコップと歯磨きは、ただ、そこにあって、「私」に使われている。
「私」は、今、ここで呼吸をして、その瞬間に空気を吐き出して、私の体内で、なんていうんだっけ、空気交換じゃなくって、なんか言葉があった気がするんだけど、ま、いいや。とにかく、空気も水もエネルギーも、すべて、私の体内の各管を通して、別のエネルギーに変換されて、変換されたものが、また私の体の穴から外に出ていく。
植物も、動物も、生物とされているものは、すべて、この、ある種の「エネルギー交換」を行っている。
人の体は、死んでしまえば、「人」としてのエネルギー交換を行わなくなる。
もちろん、死体も、まだ有機物だし、微生物も大量に中にいるのだろうから、体そのものの外とのエネルギー交換は、死後もある程度の時間はつづくのかもしれないけれど、そこに随意的な、あるいは、不随意的な、呼吸や心臓の鼓動その他の活動はもはやない。

ふと、そんなことを思ったので、書き留めてみた次第。


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4 Comments

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良かったデス。

ばーびーちゃん  

2019-07-07 21:47

ご無事で!

お寺って、なんだか落ち着きますね~。
私は不真面目なクリスチャンなので
教会にはたま~にしか行かず・・・

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とっつぁん  

2019-07-09 23:43

地震の被害がなかったようで、ほんと良かったですよね アメリカでも、地震は結構あるものですか??

団体専用列車なんてあるんですね(^^)学校の行事なんかにでも使うのかな~
それにしても、新幹線の鼻は長いですよね(>_<)

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sakulanbo204
ばーび0ちゃん様

sakulanbo204  

2019-08-16 18:27

お返事がすっかり遅れてしまったごめんなさい。
なんか、しばらくブログを放置してしまいました。
また復活します。

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sakulanbo204
とっつあん様

sakulanbo204  

2019-08-16 18:28

お心遣いどうもありがとうございます。
ブログ、すっかり放置してしまいました。
団体専用列車…不思議でした。

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